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金海地域の小作爭議
1925年9月, 進永小作人會は村井農場の小作人大會を開き, 日本人との差別撤廢を要求しました. そして1928年5月, 大阪商人である迫間房太郞が農場を買收して小作料を上げると, 千名の小作人が1931年まで年中行事のように小作爭議を起こしました. 1931年11月, 小作人200余名が步いて釜山のハザマ本店と慶南道廳まで押しかけ要求條件を受入させました. 1932年1月には小作人幹部11名に小作契約の滿了が通告され, 小作人373名が再契約を要求しました. しかし, 代表20名が小作權を奪われると, 郡廳に押しかけ抗議したが通じなく, 250余名が農場で示威し, 200余名は肥料代金を地主と半分ずつ負 することを要求するため夜船に乘って釜山まで進出しました. 2月に入り, 金海·進永·馬山の警察が非常警戒をし, 農場側は小作人に脅迫と回遊に總力を注ぎました. 結果的に爭議幹部13名が拘束され, 金海農民組合の定期總會が禁止されました. 4月には裴鍾哲等の農民組合の幹部が逮捕され始めました. 1931年の迫間農場の小作爭議は南韓で一番激しかった運動で, 1934年3月, 總督府が小作契約期間を最低3年, 道知事任命のための小作委員會の構成を骨子とする朝鮮農地令を下すきっかけになりました. 1937年12月にも豊田農場で60余名の小作人が駕洛面事務所で小作料の不 な引上の是正を要求しました.
金海平野の開墾
1930年代に洛東江を一つにする一川式工事が推進され, 下東(大東)面の月村から鳴旨面の眞木里間の本流の堤防が完工されました. 1934年4月に菉山水門が完成され, 海の逆流を防いだので, 金海は嶺南の穀倉になりました. 同年7月の大洪水で所 の洛東江の堤防が崩壞され, およそ, 1,230戶の農家が崩されると, 2千余農民たちは工事が大洪水の原因であると主張し, 報償を要求したりしました. 1936年8月にも大洪水があったが, この時の改良工事のため大渚と駕洛は水害を逃れることができました.
新作路の開設と交通
1933年3月17日に金海から龜浦を繫ぐ洛東大橋が建設され, 始めて釜山と金海が陸路で繫がりました. 1937年の金海郡內の交通は慶南自動車株式會社のバスに賴ったが, 金海から龜浦, 進永(長有 由,二北 由), 有林停, 潮滿浦, 月村の路線, 進永から一洞(大山), 龜浦から鬱滿の路線が運行されました. 釜山から馬山との間の國道が開設され, 金海邑內の區間が新作路という名で呼ばれるようになりましたが, 龜旨峰と許王后陵の間を貫通するようになり, 金海郡民は龜の首に たるところが切られたと大 悲しんだと言います. 以後,金海から大人物が出て來ないのはこのせいだと言われましたが, 1980年代に雲橋で繫いでからは大人物が出始めたと えます. 1942年には大渚面に飛行場が作られました. 太平洋戰爭の末期,日本帝國主義の最後の抵抗の一つとして作られましたが, それが現在の釜山金海空港の母 になりました.
進永の甘
金海が誇る全國的な名物の一つが進永の甘 です. 1927年, 進永の驛長(1923∼25)であった長谷川が韓國女性と結婚して進永中部で初栽培をやり始め, 日本人植物學者である吉田·佐藤·氷上の3人が全國で進永を甘 栽培の最適地と判斷し,新龍里に100株ぐらいを實驗栽培したのが進永甘 の起源になります. 1934年に組合が結成され, 1937年には27,656株から181.4トンの甘 が收穫されました. 光復後はもっと擴まり, 2002年現在, 進永では栽培面積,1,936ha,栽培農家,1,683戶, 年間生産量, 24,293トン, 總賣り上げ額が400億に達しています. 1985年から進永甘 の廣報と販路開拓のため地域祝祭として進永甘 際が開かれています.
光復を向かえた金海
1945年8月15日に我が民族は感激の光復を向かえました. 初代郡守に韓奉燮が赴任され, 9月に日帝の小學校は韓國の國民學校として再び門を開きました. しかし, 新しい國を作って行く過程で意見と主張のぶつかり合いもありました. 1948年の5·10選擧の後遺症で1949年11月, 大東面平村で76戶が全燒する大火災が起きたりしました. 1950年6·25戰爭の時には金海は戰火を免れましたが, 避難民の收容と國民防衛軍の設置等で混亂したし, 學校は露天で授業をしなければならなかったのです. 保導聯盟事件による民間人虐殺等の不幸な事件もありました. 1952年4月の地方自治の實施で, 道·邑·面の議會が構成され, 7月には金海敎育區廳が新しく設けられました. 1972年に大渚と進永, 1977年に長有, 1979年に菉山, 1981年に駕洛の都市基盤造成事業が展開され, 1973年11月4日には南海高速國道が開通され, 1976年9月には金海空港が開設されました.
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