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住居址の平面形態から見ると,一部の高床式家屋を除けば,大抵の部屋が一間のものでした.いわゆるワンル-ム式というべきものですが,それにしても多人數の家族が生活するには,適切な空間配置が必要だったと考えられます.
『三國志』魏書韓傳では,'居處には大人と子供,男女が區別ない'とあり,3世紀の一般家屋內の空間分割がなされていなかったように記錄しています.しかし,一般の住居に機能による適切な空間配置はあったと考えられます.男女の作業空間が分けられ, の周 は神聖な空間として扱われたことでしょう.貯藏用穴藏が別につくられることも,やはり空間分離のひとつとして見て良いでしょう.空間分割は,數基の家屋の所有ができる支配層の場合,更に著しかったようです.家屋ごとに,祭祀空間,住居空間,作業空間,各種倉庫など,機能を分離させて使用したはずです.
個別の住居址らは,集落內において適切な空間で配置がされました.集落が立地する丘陵の高い所には,廣場や祭祀の區域が設けられ,低い所には住居や工房,さらに低い所には貝塚のようなゴミすで場などが配置されました.また集落には井戶も掘られ,溪谷や河川から隔たった地域でも,水の供給はできました.村の周邊には水田や畑,そして古墳群などが形成され,また一つの集落の空間をなしていました
<權珠賢>
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