トップ > 生活館 > 加耶の風俗
死と關係のある風俗は,葬送儀禮に多く現われます.加耶人は,死後にあの世が續くと考え,死者の爲に墓の中に食べ物を入れて埋葬していました.さらに,墓中には人を殉葬させることさえありました.殉葬に關する內容は別の項目で書きますので,ここでは殉葬以外の葬送儀禮の風俗を紹介してみます.

『三國志』魏書韓傳には,弁辰-前期加耶の人 が大きい鳥の羽を副葬してあげることをもって死者を送ったと傳えますが,それには死者の靈をあの世に飛ばしてあげたいという願いが められていたと言われます.すなわち,死者があの世へ安らかに行くための配慮でした.また,加耶の古墳からは鴨形土器が多く出土しますが,これもまた同じ意味で副葬したものであるでしょう.馬の頭や齒を副葬したり,犬を殉葬させることもありました.これらはあの世に行くときに馬や犬にしっかり先導して欲しいという望みが表現されたものと考えられています.

葬儀の際には,何回にもわたって祭祀儀式が行われましたが,祭祀の後には祭祀に使用した土器をそのまま墳丘の中に埋めたり,土器を壞して周邊に埋めるという風俗がありました.人が死んだ時,死者との別れの悲しみが湧くと同時に,死という不淨的要素を忌避しようとする考えがあったと思われます.土器をそのまま墳丘の中に埋めることが,死者に對する哀悼と供獻の意味だとすれば,壞してしまう行爲は,死者との別れを意味するものと思われます.

金海市の大成洞古墳群には,埋葬の後に墳墓の內部を燃やしたり,武器を曲げて副葬した例も發見されています.が,これは北方民族の風俗に似っていることから,その集團の出自との關わりで,新しい解釋も提示されています.

しかし,前世代の墓を破壞しながら,新しい墓を造る風俗もありました.前代の古墳の一部を破壞する行爲については,前代の權威や傳統を取り消すのではなく,先に死んだ者との繼承關係を强調する行爲と判斷できます.加耶の地域では,一つの墳丘內に多數の石槨あるいは石室を造る場合もあります.これもまた,特別な繼承關係あるいは親族關係を現わすのです. このような行爲は,加耶人の死後の世界に對する意識や,死者に對する特別な配慮を意味するものでした.

<權珠賢>